興味

主に弦理論の研究を行っています。弦理論は重力の量子論として有望視されている理論です。完全な量子論としての弦理論はまだ定式化されていませんが、古典的な性質、あるいは摂動論的な性質を通じて、時空の幾何学としての重力の量子論的な新しい側面が見えてきます。特に最近ではAdS/CFT対応やトポロジカル弦理論において発展があり、古典的には連続的である時空が、量子論的にはある意味で離散的になる場合があるということが示唆されるようになってきました。最近は、このような時空の離散化といった現象に特に興味を持っています。

発表論文リスト

ノートやスライドのファイル

書類など

解説記事など

オリジナル研究の発表スライド

科研費

私の研究の一部は科研費のサポートを受けています。 KAKEN - 山口 哲(90570672)

科研費の応募書類の内容です。

研究目的

概要

本研究の目的は、弦理論の量子効果を完全に取り込んだ場合に時空の描像がどのように変更される かを明らかにすることである。一般相対論で記述される重力は時空の計量という幾何学的な量の力学 である。弦理論はこの一般相対論の量子論であるので、その量子効果を完全に取り込んだ場合には、 時空多様体と計量という従来の古典的な描像は大幅に変更を受け、新しい「幾何学的」対象になると期待される。これが明らかになれば、重力を含む物理を記述する画期的な枠組みになるであろう。

量子重力理論としての弦理論

まず、本研究の対象となる弦理論 とはどのようなものかを説明する。現在、重力の理論として最も 成功したものは Einstein の一般相対論である。これは重力場のモデルとして時空多様体の上の長さを計る計量をもってきたものであって、重力理論が時空の幾何学として記述した非常にエレガントな理論である。

一方、場の量子論は素粒子の物理を記述するのに非常に成功した理論である。そのため、自然な流れとして「重力場」を場の量子論の枠組みで記述しようとする試みは様々な方法でなされてきた。ただし重力理論が素朴な意味で繰り込み不可能なので、この ような量子重力理論を作るためには新しいアイデアが必要となる。 そのような試みのうち現在までで最も成功した量子重力理論は弦 理論である。本研究では量子重力理論としての弦理論を研究対象 とする。

弦理論における時空の描像:素朴な期待

さて、古典的な重力理論は計量という幾何学量の力学を考えたが、それが弦理論という量子論になった場合、どのような変更を受けるだろうか。一つの素朴な期待は時空が何らかの意味で離散化されるということである。このような離散化は様々な量子論で起こっている。例えば、コンパクトな電磁場に対する電荷、磁荷は離散化される。また、統計力学において古典的には相空間の体積として定義される「状態数」は量子論では整数になる。このような離散化が弦理論における時空でも実際に起こっているのか、起こっているとすれば、それがどのような形で起こっているのか、それが本研究で明らかにしたいことである。

弦理論における時空の描像:これまでの研究

これまでの様々な研究において特殊な状況においては 実際このような離散化が起こっていることが分かりつつある。代表的な例は [1] の Calabi-Yau 結晶の例、そして [2] のバブリング時空の例である。

Calabi-Yau 結晶の例はトポロジー的弦理論と呼ばれる弦理論の中で起こっている。この弦理論は比較的やさしく解くことができる場合がある。その場合に、完全な量子論の分配関数は、ある種の結晶溶解模型の分配関数と同じだということが示されている。しかもその古典極限で結晶の溶解面が時空 となっているというのである。この描像は量子状態の数え上げという統計力学の問題と深く関係して おり、したがってブラックホールのエントロピーとも関係している。「状態数の離散化」が時空の離散 化の種になっている一つの例である。

もう一つの例であるバブリング時空は、AdS/CFT 対応から導かれたものである。漸近的に AdS 時 空になり、超対称性を半分保つ古典重力解を調べてみると自由フェルミ粒子の量子力学の相空間の様 子が時空に現れている。フェルミ粒子の個数は整数だが、これが時空の立場からは電荷磁荷の量子化 となっている。このフェルミ粒子は行列量子力学において固有値の座標になっている。また、[3] では、 Wilson loop の AdS/CFT 対応を考えることにより、行列積分 の固有値分布が時空に現れ、その固有 値の個数が電荷磁荷の量子化により整数になることが示されている。「電荷磁荷の離散化」が時空の離散化の種になっている例である。

到達目標

本研究では、4 年間で次のような結果を出すことを目標とする。

まず、第一のコンパクトな Calabi-Yau 多様体についてである。弦理論を Calabi-Yau 多様体でコンパ クト化したときにでてくる 4 次元の理論で重力定数が有限であるためには、Calabi-Yau 多様体はコン パクトでなければならない。しかし現状分配関数が完全に量子論的に計算され、結晶溶解模型が提唱 されている例は非コンパクトな場合のみである。これをコンパクトな場合に出来れば量子重力理論の ミクロな構造、特にブラックホールの統計力学を完全な形で書き下すことが出来るであろう。

一方の AdS 時空上の弦理論については、ゲージ理論側からの計算は多く行われているものの、弦 理論自体の量子効果の計算は現状ほとんど行われていない。これは、ある種の困難があるからなのだ が、超対称性を保つ物理量に関しては局所化の方法を使って計算できると期待できる。 実際、ゲージ 理論側では局所化の方法で Wilson loop の期待値などが厳密に計算され、行列模型で書けることが示 されている。AdS 時空上の弦理論で局所化の方法を使って物理量を厳密に計算することが、本研究の 目標の一つである。これらが計算できれば、それを行列模型やその他の離散的な模型を使って表すことにより量子重力理論を記述できるはずである。

もう少し野心的な目標として、これら 2 つの方向をもっと推し進めていくことにより、それらを統 一的に理解できるような枠組みが出来れば興味深い。これは、さらに一般の弦理論において、量子論での時空の描像の変更を記述することへの大きな一歩である。

研究計画・方法(概要)

弦理論において、量子効果をとりいれた研究が可能な場合としてトポロジー的弦理論、および AdS/CFT 対応のそれぞれの方向から、時空の描像がどのように変更を受けるかについてアプローチする。トポロジー的弦理論では正則アノマリーを用いた分配関数の計算と結晶模型との関連を調べ る。AdS/CFT 対応については、AdS 時空の弦理論の物理量を局所化を用いて計算する方法を確立し、 それと行列模型などとの関係を調べる。

平成22年度

トポロジー的弦理論の正則アノマリーと結晶模型の関係について調べる。BCOV[1] によって発見された正則アノマリーはトポロジー的弦理論の背景依存性を示すものと考えられている。またコンパクトな Calabi-Yau 多様体上のトポロジー的弦理論 の分配関数を計算する手段として有用である。

一方で結晶模型の方では背景依存性は「壁越え (Wall Crossing)」として知られており、近年盛んに研究されている。

これらを踏まえて、まず結晶模型が知られている例で正則アノマリーの方法を使って分配関数を計算する。これには [2] などで開発した方法が有用 である。この計算結果を解析し、実際知られている壁越え現象とどう関係するのかを見出す。壁越えの研究は今のところ数学の方で進んでいるので、 数学者とも連携を密にとっていく。

その後これらの計算で得られたテクニックを応用し、コンパクトな Calabi-Yau 多様体の計算に着手する。正則アノマリーを使った計算では、初期条件の不定性が最大の困難だが、壁越え現象からの情報、あるいは、Moduli 空間のオービフォールド点での情報を引き出し、コンパクトな Calabi-Yau 多様体のトポロジー的弦理論を量子効果を完全に含めて解くことを目指す。これが完成すれば非常に大きなインパクトがあると思われる。

平成 23 年度以降

コンパクトな Calabi-Yau 多様体の計算については、難航も予想されるので平成 23 年度以降も続けて計算を行っていく。この際、出来たところまでの成果を積極的に発表し、他の研究者の意見を聞いて新しいアイデアを取り入れていく。

それとともに AdS/CFT 対応における計算も進めていく。まずやることは、弦理論での超対称性 を保つ物理量の局所化による計算である。局所化の方法は超対称性を保つ物理量を計算する際の摂動論によらない強力な方法である。例えば最近の例では、4 次元の N = 4 の超対称 Yang-Mills 理論の Wilson ループを局所化により厳密に計算した例 [3] がある。局所化とは大ざっぱに言えば(無限次元の)積分で表される物理量を変えないように理論を変形し、鞍点法が厳密になるようなところにもっていくことにより、物理量を厳密に計算する方法である。この局所化の方法を AdS 時空上の弦理論に応用したい。例えば Wilson ループに対応するような弦の振幅を計算できれば、AdS 時 空上の弦理論としては初めての量子論的に厳密な結果であり、それだけで大きなインパクトがある。 さらに、Wilson ループ以外の物理量、例えばサーフェス演算子の期待値なども局所化による 厳密な計算を試みる。そしてそれらの結果を再現するような新しい離散的な模型を考察し、それと時空との関係を調べる。この際 LLM のバ ブリング時空のような古典的な超重力理論の解 と量子論的な模型とのつながりを深く考察し、 古典的になめらかで連続的な時空が量子論ではどのようにして離散化されていくのかを明らかにしたいと考えている。

これらの研究成果が出れば、それを踏まえて次にやりたいことは量子重力理論としての弦理論の時空を取り扱う普遍的な枠組みをつくることである。トポロジー的弦理論の結晶模型や AdS 時空上の弦理論の行列模型などの弦理論の様々な場面で現れる離散的な時空の描像はそれだけで興味深いことだが、弦理論全体として普遍的 にある離散的な構造を探ることはより重要であり野心的な課題である。 これを達成するためには様々な格子模型や統計力学系、組み合わせ論などについてのさらなる理解が不可欠である。そのために、これらの分野の専門家とも議論を活発にしていきたいと考えている。 また、これらの模型は一般に解析的な方法では解けないかもしれない。そのような可積分でない模型にアプローチするために、数値計算による方法なども視野にいれて進めていく。